大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和61年(ワ)1954号 判決

原告

ナガン(パナマ)エス・エイ

右代表者取締役社長

ヒロシ・ナガシキ

原告

新和海運株式会社

右代表者代表取締役

八角道夫

右原告ら訴訟代理人弁護士

平塚眞

錦徹

細井為行

津留崎裕

秋山和幸

被告

アッティカ・シッピング・カンパニー・エス・エイ

右代表者副社長

ローウェル・ジェイ・モーティマー

右訴訟代理人弁護士

馬場東作

高津幸一

高橋一郎

右訴訟復代理人弁護士

満田文彦

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  分離前相被告日本火災海上保険株式会社が、原告ナガン(パナマ)エス・エイに対して、別紙目録一記載の貨物船「アッティカ」号の同目録二記載の事故についての保険金の仮払金として昭和五二年二月二五日から昭和五三年七月三一日までの間に支払つた合計金一億一六四二万一五八二円に関して、原告らの被告に対する償還債務の存在しないことを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告の本案前の答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  被告は、別紙目録一記載の貨物船「アッティカ」号(以下「本船」という。)の同目録二記載の事故(以下「本件事故」という。)につき、分離前相被告日本火災海上保険株式会社(以下「日本火災」という。)が、昭和五二年二月二五日から昭和五三年七月三一日までの間に原告ナガン(パナマ)エス・エイ(以下「原告ナガン」という。)に対して支払つた保険金の仮払金合計金一億一六四二万一五八二円(以下「保険金」という。)に関して、原告ナガン及び原告新和海運株式会社(以下「原告新和海運」という。)に対して、償還請求債権を有すると主張している。

2  よつて、原告らは、被告に対し、右債務の存在しないことの確認を求める。

二  被告の本案前の主張

本件訴訟は、次の各事由により、訴訟要件を欠く不適法なものである。

1  わが国裁判所は、本訴につき裁判管轄権を有しない。

2  本件紛争に関しては、仲裁契約がある。

(一) 被告は、原告新和海運との間で、被告所有の本船につき締結した裸傭船契約の中で、同契約上より発生する紛争についてはロンドンにおいて仲裁に付し解決する旨合意した。

(二) 原告ナガンは、原告新和海運との間で本船につき転貸借として再傭船契約を締結した者であるから、右転貸借の効果として、被告に対して直接に被告・原告新和海運間の傭船契約上の義務を負うものであり、前記仲裁契約の効力は原告ナガンに対して及ぶ。

(三) 被告は、原告ナガンが被告に対し再傭船者として仮払金償還債務を負うこと、また、原告新和海運が前記傭船契約中の同原告は再傭船者が被告に対して負うすべての債務について保証の責に任ずる旨の約定に基づき仮払金償還債務を負うことを理由に、請求原因1のとおり主張しているものであるから、これらに関する紛争は、いずれも前記仲裁契約に従つて解決されるべきものである。

三  被告の本案前の主張に対する原告らの認否及び主張

1  被告が、外国に本店を有する外国法人である場合、民事訴訟法の規定する裁判籍のいずれかがわが国内にあるときは、被告をわが国の裁判管轄権に服させるのが条理に適うものというべきであり、本訴については、以下の管轄原因により、わが国裁判所の裁判管轄権が認められる。

(一) 被告は、パナマ共和国に登記があるだけの便宜的な法人格を有するに過ぎず、東京に居所を有するG・T・R・キャンベル(以下「キャンベル」という。)個人が支配する会社であるから、同人が代表権を有するG・T・R・キャンベル・インターナショナル・リミテッド(以下「キャンドル・インターナショナル」という。)の事務所は被告の事務所又は営業所に該当する。しかして、右事務所は東京都区内(東京都中央区新富町一丁目一番五号新中央ビルディング八階)に存するから、被告は、日本に事務所又は営業所を有するものというべきである。

(二) 仮に、被告の事務所又は営業所が日本にないとしても、被告が原告らに対してその償還を求める仮払保険金は日本(東京)において支払われたものであり、現在なお原告ナガンにおいて日本火災に対し精算返還すべき部分があるとすれば、その債権所在地は日本(東京)であるから、被告の主張する原告らに対する債権が実在すると仮定すれば、その所在地は日本であつて、日本は本件訴訟の目的たる財産の所在地である。

(三) 原告らは、本件訴えを原告ナガンの日本火災に対する訴えと主観的に併合して東京地方裁判所に提起したものであるところ、原告らの被告に対する本訴請求は右日本火災に対する請求と密接な関連を有する。

すなわち、原告ナガンが日本火災から受領したものは仮払保険金であつて本来は原告ナガンが被告から本件事故について損害賠償を受けた後原告ナガンと日本火災との間で精算し、残余を日本火災に返還すべきものであるのに、被告は自己にこれを支払うよう請求しているのである。この請求の当否を論ずるには、仮払保険金の性質はどのようなものか、被告は原告らに対して不当利得返還請求権を有するか否か、原告ナガンは日本火災に対していまなお仮払金の精算義務を負うか否か、というような問題を考察する必要があるが、これらの問題は総合的に判断すべき密接不可分の関係を有する。そして、原告ナガンの日本火災に対する請求については、わが国裁判所が裁判管轄権を有することは明らかであるから、右の総合的判断をするのに国際的に最も適し、条理に照らして妥当な管轄権を有する裁判所は、東京地方裁判所を措いて他に存しない。

2  被告と原告新和海運との傭船契約条項中に被告主張の仲裁約款が存することは認めるが、本件紛争は、被告が、原告新和海運に対し、原告ナガンが被告に対して負う仮払金償還債務についての保証責任を追求するものであり、被告と原告新和海運間の傭船契約上発生した紛争に関するものではないから、仲裁約款の適用はない。

原告ナガンは被告と原告新和海運との間の傭船契約条項中の仲裁約款に拘束されるいわれはない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一本件訴えが、パナマ共和国法人である原告ナガン及びわが国法人である原告新和海運がパナマ共和国法人である被告との間で債務不存在確認を請求するものであることは、弁論の全趣旨及び訴旨自体から明らかである。

二そこで、本訴につき、わが国裁判所が裁判管轄権を有するか否かにつき判断する。

本件のごとく外国法人を被告とする民事事件につき、いずれの国が裁判管轄権を有するかについては、わが国にはこれを直接規定する成文法規はなく、また、よるべき条約も、一般に承認された明確な国際法上の原則も確立していない。そこで、この場合においては、右国際裁判管轄は、当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念により、条理に従つて決定するのが相当である。そして、わが国民事訴訟法の国内の土地管轄に関する規定は国際裁判管轄を定めたものではないが、民事事件における管轄の適正な配分を図り、当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期することを理念として定められたものであるから、同法の規定する裁判籍のいずれかがわが国内にあるときは、裁判管轄権を肯定することにより却つて条理に反する結果を生ずることとなるような特段の事情のないかぎり、被告をわが国の裁判管轄権に服させるのが右条理に適うものといえる。

三右の観点から、本件訴えについてのわが国の裁判管轄権の有無について以下検討する。

1  民事訴訟法九条は、事務所・営業所所在地の裁判籍を規定するが、本件全証拠によつても、被告がキャンベルの支配する会社であり、日本において事務所又は営業所を有する事実を認めることはできない(〈証拠〉を総合すれば、①本件事故をめぐる責任問題について、被告側として原告新和海運と交渉に当たつたのは、ブローカー以外はすべてキャンベル又はその経営する会社であるキャンベル・インターナショナルに所属するフェルナンデス及びクルカルリーのみであること、②キャンベル・インターナショナルの事務所は東京都中央区新富町一丁目一番五号新中央ビルディング八階にあること、③原告新和海運に送付された文書においては、被告とキャンベル・インターナショナルとはバハマ諸島ナツソーにおける住所が共通していること、④太田瑞穂は、本船はキャンベルが設計したものであるところ、他に売却できなかつたため、自分の会社に所有させたものであると聞いていたこと、以上の事実を認めることができる。しかしながら、③から直ちにキャンベル・インターナショナルの②の事務所が被告の事務所又は営業所に当たるものということはできない。また、〈証拠〉を総合すれば、キャンベルは、船舶設計及び海事コンサルタントであり、原告新和海運との前記交渉は被告の代理人としての資格を明示して行つていること、キャンベル又はキャンベル・インターナショナルは被告と原告新和海運との間の傭船契約の締結あるいはこれに基づく傭船料の収受には何ら関与していないことを認めることができ(右認定を覆すに足りる証拠はない。)、キャンベル・インターナショナルが②の事務所において独立して、すなわち他から指揮監督を受けずに被告の営業、業務を行つていることを認めるべき証拠はない。右によれば、①の事実は、キャンベル・インターナショナルの②の事務所をもつて被告の事務所又は営業所と認める根拠とするには足りない。更に、④はこれを裏付ける証拠がないから、右伝聞の内容が真実であるとはにわかに措信できない。)。

2  民事訴訟法八条は、財産所在地の裁判籍を規定しているところ、本件訴訟物は、被告の原告らに対する保険金償還請求債権の存否であつて、日本火災の原告ナガンに対する保険金自体とは別個の債権であるから、右債権の所在地は右保険金の支払地あるいは原告ナガンの日本火災に対する保険金返還債務の所在地とは別個に判断すべきものである。従つて、この点に関する原告らの主張は失当であり、原告ナガンの訴えにつき財産所在地がわが国にあるものと認めるべき根拠はない。もつとも、金銭債権に関しては債務者の普通裁判籍所在地が右の財産所在地と解されるから、原告新和海運については、わが国に財産所在地があることになる。しかしながら、金銭債務の消極的確認訴訟の国際裁判管轄についても民事訴訟法八条に準じた管轄原因を認めるとすると、債務者は、債権者の主張する債権の内容のいかんを問わず、常に自らの住所の存する国の裁判所に訴えを提起できることとなり、反面、債権者は自己と生活上の関連がなく、また、自己の主張する債権の内容とも何ら関連のない国において応訴することを余儀なくされることとなるが、これは当事者間の公平を著しく害するものというべきであつて、同条にいう財産所在地であることを理由に金銭債務の消極的確認訴訟の国際裁判管轄を認めるのは相当でない。従つて、本件に関し、財産所在地であることを理由にわが国に裁判管轄権を認めることはできない。

3 民事訴訟法二一条は、併合請求の関連裁判籍を規定するが、国内土地管轄の場合と異なり、国際裁判管轄に関して、主観的併合を理由に同条の法理に基づく併合請求の関連裁判籍を管轄原因として認めることは、原則として許されないものと解すべきである。このような管轄を認めることにより、自己と生活上の関連がなく、また自己に対する請求自体とも関連を有しない他国での応訴を強いられる被告の不利益は、一国内の場合に比して著しく過大なものとなるおそれがあるからである。

もつとも、主観的併合の場合であつても、固有必要的共同訴訟の場合その他特にわが国裁判所の裁判管轄権を認めることが当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に合致する特段の事情が存する場合には、わが国裁判所の裁判管轄権を認めることが条理に適うというべきである。しかしながら、本件原告らの被告に対する請求と日本火災に対する請求とは合一確定の必要のない通常共同訴訟の関係にあり、その他本件においてわが国裁判所の裁判管轄権を認めるべき特段の事情は認められない(原告らと被告の各主張を総合すると、原告らの被告に対する本件訴えにおいては、日本火災の原告ナガンに対する保険金の支払が後日の精算を前提とする仮払としてなされたものかどうかが重要な争点の一つとなつており、原告ナガンの日本火災に対する請求の成否も右の点についての判断如何によつてその結論が左右されうる関係にあることが認められ、従つて、右各訴えが別個に審理判断されるときは、右の点について判断のそごをきたす可能性は否定できない。しかしながら、仮に右のような判断のそごが生じても、当該判決を前提として当事者間に精算、求償等処理すべき問題が残り、各判決間にそごがあるために右問題の解決が困難になるような事情は本件からはうかがわれないから、未だ前記特段の事情があるとはいえない。)。

4  以上の他わが国に裁判管轄権があると認めるべき事由はない。

四よつて、本件訴えは訴訟要件を欠く不適法なものであるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官信濃孝一 裁判官矢尾和子 裁判長裁判官高橋欣一は、転官のため署名押印できない。裁判官信濃孝一)

別紙目録

一 貨物船「アッティカ」号(総トン数1万3166.40トン、純トン数9425.00トン、船籍港パナマ)

二 事故の表示 一記載の貨物船「アッティカ」号が、一九七六年一二月アメリカ合衆国シカゴ港において座礁した事故

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例